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2004.06.30

迷訳・誤訳: in use

ぼちぼち再開している迷訳・誤訳シリーズですが、今回は'in use'。コンピューターを使っているのは誰かという話をしているところを想像して、次の英文を見てみてください。例によって、事実に基づいた作例です。

*The people that are not in use do not use them (=computers), but they cannot use them.

問題は、'the people that are not in use'が「(コンピューターを)使っていない人」の訳になるのかということです。ここでも、日本語の関係節に見事にだまされちゃってる感じがします。

  • コンピューターを使用中の山田さん
  • 山田さんが使用中のコンピューター

あるいは、

  • コンピューターを使っている山田さん
  • 山田さんが使っているコンピューター

を考えてみましょう。表面的には、「使用中の〜」や「使っている〜」と同じ表現に見えますが、格関係が違うので英語にするときには訳し分けないといけません。

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2004.06.29

「駐車禁止」……なんだけどね

六本木ヒルズの端での風景。

DSC00313.JPG

これではまるで「バイクは枠の内側に駐車してください」とでも書いてあるかのように見えますが、実は「駐車禁止」と札が出てます。今年に入ってぐらいから急に、この公園(ロボット公園っていうんだったかな)の脇に駐車されているバイクや自転車が目立つようになりました。まあ、公園の中だけじゃなくて、脇の道も見た通りゆとりをもって作ってあるので、物理的には窮屈ってことないんだけど、公園の脇にずらっとバイクが止まっているのを見るのは気忙しい。

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2004.06.23

迷訳・誤訳: とくに(続き)

この二つ前のポストで紹介した

* The authors did not conduct questionnaires above all about the users because we they thought of as directly tenuous with this case.

この英文。実は「とくに」のほかにもう一つおかしなところがあります。どこかというと、'because we thought of as directly tenuous with this case'という下りです。「利用者については、本件とは関連が薄いと判断し(たため)」に該当する部分で、'think of ... as ...'というフレーズを使っているわけですが、後半の'...'は埋まっているけど、前半の'...'が埋まってない。なんで?

The authors did not conduct questionnaires about the users, which we they thought of as ....

と間違えたのかもしれません。

【追記】

例文中の'we'は'they'であるべきでした。迷訳・誤訳シリーズでは、実際に生成された誤用例から、誤用のポイントだけを抜き出して作例しています(オリジナルの誤用例をここに引くのはよろしくないもので)。そんなわけで、たまーにこういうことが起こります。

それと、久し振りに復活したので、この際に注記しときますが、このシリーズの例文は、翻訳を生業にしている(とおっしゃる)方がお金を取って翻訳(日本語→英語)した訳文に基づいています。あしからず。

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迷訳・誤訳: 'community'じゃないってば

語彙レベルのことにはあまりとやかく言う気はない、とかって前に宣言したことがあったのだけど、別の意味でびっくりした訳語を発見したのでご紹介。

'community area'って見たら何のことだと思うでしょうか。世の中にはcommunity area networkを推進するCANフォーラムというのがあるし、「お隣り近所」とか「町内会」の話をしてるんだったら、英語としてはムリがないんじゃないかと思います。

でも。

この原語は「共産圏」だったのです。わたくしが学生の頃はソ連などと共産主義諸国がまだあった時代(といっても、学生のうちにソ連は分解した)だったので、いくらその思想に反対する人であっても、「共産圏」を'community area'を訳しちゃう人はいなかったんじゃないかと思いますが、今となっては、もはやベースラインの知識でもなくなっちゃったんでしょうか。まあ、相手が悪かったという説はぬぐえないけど。

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2004.06.22

迷訳・誤訳: とくに

「とくに」をどのように訳すかというのもけっこう曲者です。誰の解説を読んだか忘れてしまったし、そもそも、この記憶が正しいかどうかも確信がないのですが、「とくに」を'especially'と訳すのはよろしくない、とかって主張した文章を読んだことがありました(マーク・ピーターセンだった気がします)。

「筆者らは、利用者については、本件とは関連が薄いと判断し、とくにアンケートを行なわなかった」

という原文に対応するものと思って、次の訳文を読んでみてください。

* The authors did not conduct questionnaires above all about the users because we thought of as directly tenuous with this case.

ヘンなところは2つありますが、根本的な原因は、日本語の「とくに~ない」というのは、言い換えれば「わざわざ~ない」とか「大して~ない」(とくに美しくはなかった)ということになるので、「とくに」訳す必要がない場合がある(この場合なんかそういう感じ)のに、ムリに訳してしまっていることにあります。

が、よせばいいのに、'above all'なんかを使って訳そうとして、ムリが二つ(あ、三つかも)出てしまっています。

'above all'というのは、そもそも単独で使うものではなくて、前後の文脈の中で、他のことと対比して上で、中でもとりわけ何かが大事だ、ということを示すためのものです。じゃあ、ここでは何と対比してるのかなーと思っても、対比の対象がありません。ムリその1。

それから、否定表現の中に'above all'が突っ込まれているのもキモチ悪い。もしかすると、「わざわざ~ない」に対応するものとして、'not ... above all ...'というのを選択したのでしょうか。こういう英文もあるのかもしれませんが、典型的な例文が思い当たりません。

あれ?もしかして'at all'と間違えたのか。

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迷訳・誤訳: 全体を管理する

久し振りに、このコーナー。もう見る必要もないのですが、改めて以前訳者さんに頼んだ英文を眺めてて面白いものをみつけたので、シリーズを復活してみます。

ある組織の内部構造についての文書があって、その組織の中に「全体を総務的に管理する部門」があるという表現があったと思ってください。今回引っかかったのは、この「全体」でした。訳出個所を見てみましょう。

*the department to manage the entirety executively

ん~、なんで「全体を」が'the entirety'になるかな。確かに、「部分性と全体性」みたいな話をしていれば、そう訳すこともあるとは思うけど、そんな賢い文章じゃないですし。この場合は「組織の全体を」という意味なんだから、「組織を全体的に管理する」とかってやればよいのではないかと思う次第。

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2004.06.21

J-COM Broadbandの"Broadband"は「ブロードバンド」じゃありません

と言っても、J-COMのインターネット接続サービスが「ブロードバンド」と呼ぶのに値しないまがい物だとか、そういうことを言いたいのではありません(が、ふと、掲示板モノを見てみると、そう言って憤慨している人多い模様)。

伝説のオーナー(今にして思うブロードバンド難民など参照)のマンションから引っ越したのを機会に、ようやくBフレッツにでもするかなーと思い、NTTに連絡したところ、まわりまわって連絡を受けたらしいマンションの管理人から連絡がありました。曰く、「この物件は、近くJ-COM Broadbandが入るので、NTTのブロードバンドをお申し込みとうかがいましたが、J-COMのブロードバンドをお使いいただけないでしょうか」

うちにはすでにこの会社のケーブルTVと電話サービスが入っていて、そういう意味ではすでにJ-COM Broadbandは入ってるはず。管理人の言葉の「近くJ-COM Broadbandが入る」ということの意味が図りかねるわけですが、結局よくよく話を聞いてみて分かりました。このマンション、一括契約でJ-COM TVデジタルに加入することになり、全住戸で費用負担なくJ-COM TVデジタルが利用できるようになる、ということだったのです。そして、これを管理人は「近くJ-COMのブロードバンドが入る」と理解し、わたくしにそのように説明したのでした。

あれ?

ということは、「J-COMのブロードバンドをお使いください」とかって言われても、それはケーブル・テレビのデジタル放送が見られるようになったということで、NTT(でも、どこでもこの際いいんですが)のブロードバンドの代わりになるわけじゃあないですよ。NTTの「ブロードバンド」は、高速インターネット接続の総称だけど、J-COM Broadbandの「Broadband」は社名の一部にすぎないんだから、そもそも同じレベルで競合するものじゃないし。社名が紛らわしいぞ!

でも、J-COMの営業の人は、ブロードバンドとケーブル・テレビの違いが分からない(というか、そういう違いなどどうでもいい)人をケムに巻いたりするんでしょうか。逆に、ブロードバンド・インターネットのほうも、おまけに昔のアニメを見せたり、IP電話を使わせたりするようになっているので、詳しく知らない人や関心がない人には、J-COM Broadbandもその他のブロードバンドサービスも同じものに見えちゃったりするのかもしれません。

ところで、この件に関してもう一つ謎がありました。それは一括契約にあたっては「オーナーが全住戸分の利用料金を負担」するというのです。これがどうも眉唾っぽい。だって、この建物、20戸ぐらいあるんですが、月額利用料金を言い値で払ったら、5,000円/戸×20戸で、毎月10万円、年間で120万円負担することになります。仮に半額だって、年間60万円なわけで、そんなの絶対ありえない(と思う)。この裏には一体何が隠れているのだろうかと訝ってみたりしているわけですが、案外、デジタル放送への対策費用が使われてたりして。

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2004.06.19

「ファイル交換ソフトウェアはやっぱり有害」

ファイル交換ソフトウェアが音楽産業に与える影響について分析したという

という論文を紹介されたので、読んでみました。結論をかいつまんで言うと、「ファイル交換ソフトウェアは、理論的に考えれば音楽産業に負の影響を与えるし、実証的に見ても、近年の音楽産業の売り上げの急減を説明できる要因は、ファイル交換ソフトウェア以外に考えられない」ということです。

もちろん、異論がある人もいるでしょうし、そもそもこういう議論の展開をする論者は音楽産業に近い立場かなあとも思ったりしますが、ちょっとLiebowitzの主張をみてみましょう。

まず、理論編。「ファイル交換は音楽産業を活性化する(はずだ)」という議論について、彼は

  1. 露出効果(exposure/sampling effect)
  2. 代替効果(substitution effect)
  3. ネットワーク効果(network effect)
  4. 間接的充当性(indirect appropriability)
という四つの観点から検証します。

露出効果というのは、ファイル交換により可能になる「試聴」の機会が、音楽産業に対してもたらす効果のことと言ってよいでしょう。ファイル交換で音楽を事前に聞けるようになると、消費者は、よい音楽を選ぶことが容易になり、より積極的に新しい音楽を購入することになるのではないか、と言われることもありますが、Liebowitzは、これはホントか、ということを検証します。ファイル交換によって試聴が可能になれば、消費者は「スカ」を引くリスクを減らすことができるということですが、見方を変えると、実質的に音楽の単価を下げるということになります。しかし、これは、音楽需要の全体を増すことにはつながらないので、結果的に音楽産業の収益を減少させるものだと述べています。

ちなみに、Liebowitz自身、論文中で触れているように、ここで議論しているのは、消費者がハッピーになるかどうかではなく音楽産業が潤う(というか、経済的に利益が最大化される)かどうかなので、音楽の価値や利便性が向上する、ということは考慮されません。経済学的分析とはこういうことなんでしょう。

次の代替効果は簡単です。ファイル交換によって流通するオリジナル(例えばCD)の代替物がもつ効果ということだと思いますが、ここではコピーはオリジナルと同等なので、コピーがただでありさえすれば、オリジナルは誰も買わなくなるわけです。それだけ。

ネットワーク効果というのは、通信で言えば、やり取りできる相手が増えれば増えるほど電子メールの効果は高まる、とかそういうやつですが、そもそも、音楽の世界でありうるのでしょうか。

Liebowitzは、ファイル交換が音楽産業にもたらすネットワーク効果については極めて消極的な見方をしています。細かい分析の紹介は省きますが、ファイル共有によって一人でも多くの人がある楽曲を聴くようになれば、その楽曲の価値が高まるようになる、とか、ファイル共有によってCDの利用性が向上し、CDがより多く売れるようになる、とか、そういうことはなさそうだ、あっても些末な影響しかもたない、というのが、彼の分析でした。また、ラジオは、「ラジオに流れるぐらいみんなが聴いてる曲なら買ってもいいか」というような大域的なネットワーク効果をもつと考えられていますが、それも音楽への需要の全体を増すのではなく、消費を移動させる効果しかもたないと彼は述べています。よって、ファイル交換のネットワーク効果についても推して知るべし。

もう一つの間接的充当性(すみません、訳語が分かりません)とは、ファイル共有で流すためのMP3(でも何でもいいです)を作るのに必要だからということで、まわりまわってオリジナルの価値が高まるという効果です。うまくすれば、逆にオリジナルの価格をつり上げるということもありうるということで、例えば図録や画集がそういうことになっていると言います。図録や画集というのは自分では買わず、たいてい図書館にあるものをコピーすることが多い(らしい)わけですが、そこでは、図書館が購入する図録や画集の価格を上げることで、コピーの価値を回収しているのだそうです。しかし、これが機能するのは、そもそも価格がコントロールできたり、コピーされる前のオリジナルの数が少ないことが条件だとのことで、ファイル共有の場合にはうまく行かないと言っています。

次に、実証編。アメリカでは、CDやレコードの売り上げが1999年以降急速に減少しているわけですが、Liebowitzは、この説明としてよく聞かれる

  1. CD価格と所得の変化説
  2. DVDなどのメディアによる代替説
  3. 音楽の質的変化説
  4. 音楽の量的変化説
という四つの説明を取り上げ、データを参照しつつ、それぞれの説明の妥当性について検証しています。ちなみに、彼は、よほど強い反証がないかぎり、ファイル交換が音楽の売り上げ減の原因でないということを主張することは難しいと考える立場です。念のため。

一つめの「CD価格と所得の変化説」は、「可処分所得が減ったからCDの売り上げも減ったのだ」という説明です。可処分所得が減れば、当然買うことのできるCDの量も減るはずですが、実際には可処分所得の変化とCDの売り上げの相関は見られるものの、影響はあまり高くないようです。近年の(アメリカでの)上向きの経済状況を考えると、1999年以降の売り上げの急減はとても説明できません。

二つめの「DVDなどのメディアによる代替説」は、DVDやその他のメディアが普及するようになったことの煽りを受けてCDの売り上げが減ったという説明ですが、これも、統計上、DVDがCDの売り上げに負の影響を与えたと見ることはできないと結論づけています。また、「可処分時間」の問題も取り上げ、DVDやビデオテープによるコンテンツの利用時間が増えた分を換算しても、CDの売り上げ減少の半分にしかならないと言っています。

「音楽の質的変化説」と「音楽の量的変化説」は、「悪いのはユーザーじゃなくて、音楽産業じゃないのか?!」というものですが、Liebowitzは、これらの説明についても統計的なデータを持ち出して否定します。「音楽がつまらなくなった」という音楽の質的変化説については、ライブ・コンサートの活況や、ラジオの聴取行動の分析(ラジオ聴取の時間はCD購入世代だけでなく、全体的に減少している。したがって、)から採用できないとします。後者は何か関係ないような気もしますが。

「そもそもファイル共有とは無関係にCDのリリースが減ってんじゃないの?」という音楽の量的変化説についても、彼は逆の説明をしていて、「ファイル共有でCDが売れなくなったんだから、リリースが減るのは当たり前」といいます。この辺はどうかなーと思いますが、その後に、減っているのは、売り上げ全体から見れば10パーセントから15パーセント程度でしかない独立系のレーベルからのリリースであって、産業全体の分析をする際に、リリース数に着目するのはよろしくない、という指摘は興味深いなと思いました。

かくして、Liebowitzは、ファイル交換がCDの売り上げに対して負の影響を与えているという仮説を支持するわけですが、結論はともかく、よくある通説について理論と実証に基づいて説明しているという点では非常に参考になるところが多い論文でした。

あと、この後に、国別人口分布、地域別人口分布、ジャンルからみたファイル交換の影響というのも彼は分析していますので、ご興味のある方は原文をあたってみてくださいませ。

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2004.06.18

Письмо-согласие от абонента на установку ADSL соединения

標題は、「ADSL接続の提供についての加入者の書面による同意」の意味ですが、ちょっとワケがあって、ウズベキスタンのBCC(ウズベク語ではAmaliy Aloqalar Biznesiか?)というISPのホームページを眺めていたときに見つけました。なんか誓約書のような文面です。

Начальнику (наименование узла связи) узла связи филиала ТШТТ АК "Узбектелеком" от (ФИО заявителя), проживающего по адресу (адрес заявителя) телефон (номер телефона)

Настоящим заявлением выражаю согласие на установку на телефонной линии (номер телефона) ADSL соединения компанией ООО "Amaliy Aloqalar Biznesi".

Оплату за использование телефонного номера (номер телефона) гарантирую.

С уважением,

(владелец телефонной линии)
(подпись, дата)

曰く、

ウズベクテレコム ○×電話局 △□殿

(申込人氏名)
(住所)
(電話番号)

本申込人は、 "Amaliy Aloqalar Biznesi"社により電話回線(電話番号xxxx-xxxx)に対してADSL接続が提供されることに合意します。

電話番号(xxxx-xxxx)の利用にかかる費用の支払いを保証します。

敬具


まあ、似たようなものは日本でも当然あるわけなんだけど、どうも、加入者がウズベクテレコムに対して「○×社によるADSL接続が提供されることに同意します」みたいな書き方なのは、なんか立場が逆のような気が。ウズベクテレコムに対して「ADSL入れてくれ」って言うんじゃないのか。

ちなみに、このような文例集、専用線についての誓約書とか、担当者変更の通知書とか、ほかにもいろいろあるみたいです。フォーマットじゃなくて、文例集なのがすごいと思う。

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2004.06.17

アメリカの電子投票

アメリカでは2000年の大統領選挙の失態もあって、電子投票に注目が集まっているらしいです。ちなみに電子投票というのは、オンライン投票ではなくて、投票所に行って、投票ブースに設置されている電子投票用端末(といってもWindows CEのようですが)を操作して投票するという仕組みです。すでに、いくつかの州では予備選挙ではすでに使われていると聞きます。

電子投票にも投票時の誤集計(投票ソフトウェアの誤動作とか)、投票後の不正行為(改ざんとか)が起こりうるわけですが、紙の投票と違って、目に見えるモノによって後から集計の間違いとかを検証できないので、検証の手段をどうやって確保するかが論点の一つになっているようです。

The Disability Lobby and Voting

↑の記事を読むと「紙に印刷して記録を残す」というやり方に視覚障害者の団体が反対しているとか書いてあって、なるほどなー、と思いました。もっとも、さらに読むと、電子投票端末のメーカーから多額の寄付をもらっていて、セキュリティーについて十分な理解がないまま、紙による記録に反対しているのではないかという指摘もされてますが。

ところで、ふと、投票率を向上させたいなら、開票作業に有権者を参加(監視じゃなくて、計数する)させたらいいんじゃないかと思ってみました。さすがにみんな自分が数えるとなれば、関心も今よりは集まるだろうし、即日開票なんて深夜までかかることもあるわけで、「投票時間が延長され職員を残業させなければならないのが頭痛い」という、ふと考えると本末転倒みたいな泣き言をいっている自治体にとっては、少しでも人手の確保につながるかもしれません。それに、ちょっとしたお祭りみたいな感じにもなるし。

投票率が低いのは、政治に関心がないからということももちろんあるだろうけど、投票ということに現実感を感じてないからもあるんじゃないかなあと思います。こういう形でリアリティーを回復することから始めないといけないんじゃないかなあと。

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2004.06.12

今にして思うブロードバンド難民

最近引っ越しするまですんでいた賃貸マンションの家主さんは、近所でも評判の難しい人だったようで、あらゆるブロードバンド・サービスの営業さんが撃沈していました。ちょうどADSLが急速に広まりだした2001年に、とあるマンション向けサービスに申し込もうとしたところ、営業担当の方から、こんな返事が返ってきました。

> 本日、オーナーの○×様とお会いして参りました。
> しかしながら全くお話にならず、『関係ない』『何しに来た』『絶対そんなもの許可しない』
> などと矢継ぎ早にまくしたてられ恫喝されてしまいました。
> 当社のシステムを説明しようとも全く話す機会を与えられず
> あまり、執拗にねばって逆に○×様にご迷惑をおかけするのは本意ではないので
> 本日は残念ながら退散して参りました。
> いいお返事ができず誠に申し訳ございません。
> しかしながら今しばらく交渉についてお待ち頂けないでしょうか、
> 自分自身あきらめずもう少し足を運んでみようかと考えております。
> 今後ともよろしくお願いいたします。

こんなオーナーは、さすがに例外的だろうと期待したいところですが、ここまでヒドくはないとしても、オーナーの無理解や非協力的態度でブロードバンドサービスが入れられないという人も少なくなかったのではないかと想像します。

もちろん、ADSLには何の問題もなく入れたわけですが、そのころのADSLは8Mbpsが最速だったし、そもそもブロードバンド時代にまでNTTの設備にべったり依存するというのもどうかと思い、ケーブルテレビやその他のサービスを色々物色した挙げ句、スピードネットに加入した次第です。スピードネットは、最寄りの基地局と、ベランダなどに置いた加入者宅無線機との間をIEEE 802.11b/gの無線LANと同じ2.5GHz帯の電波を使って接続するサービスですが、共用部分に機器設置などの工事が必要ないので、当時は、わたくしのようなブロードバンド難民には「救世主」に見えたものでした。

スピードネット自体は、予想を凌ぐADSLの高速化もあって、加入者が計画通り増加しませんでした。当初参加していたソフトバンクとマイクロソフトが資本を引き上げ、100パーセント東京電力の子会社になりますが、結局親会社の東京電力に吸収され、現在では東京電力が提供するスピードネットというブランドのサービスとして提供されています。しかも、無線だけじゃなくて、東京電力の光アクセスサービスも売るようになっているので、経緯を知らない人にはワケが分からないことになってます。

ところで、件のオーナーさん、数年前に亡くなったようで、それまではケーブルテレビすら入れなかったのですが、この物件、ようやくJ-COMが入りました(それまではケーブルテレビにも入れなかった)。J-COMにはインターネット接続サービスもありますが、J-COMは結構最近まで複数台接続を禁じていたり、どうも放送屋のサービスという感じが強い(しかも、その頃の記述がまだウェブには残ってる)のがどうも嫌で、導入する気にはなれなかったのです。そういうワケの分からないわがままを言うのが悪いんですね。はい。

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京都、満喫

先日、所用で京都に行ってきました(日帰りで)。学生時代大阪にいたわりに、京都というのはわたくしにとって案外馴染みのない街で、多分京都に行くだけのために京都に行ったのは、多分7年ぶりでした(これでも普通の人よりは多いかな)。今回は、花園大学の国際禅学研究所が主催した「文字情報処理のフロンティア」というシンポジウムに出席(といっても聴衆として)することだったのですが、このシンポジウムは、これまでの文字コードをめぐる議論がとらわれてきた技術的、社会的、文化的な制約を取り外し、文字コードをめぐる新しい議論を進めるための共通認識を得るための画期的なものでした。

それはともかく、京都と言えば寺社仏閣とか湯豆腐とか湯葉料理とかいろいろありますが、今回、わたくし的には〈京都〉餃子の王将でした。この日、夕飯を一緒に食べることになっていた京都在住の同郷のN氏に「どこ行く?」と問われ、すかさず王将と答えてしまったのは、半分以上は単なる懐古趣味だったわけですが、やはりN氏には意外だった模様。しかも、帰り際、わたくしがお土産に551の豚まん(定番!)と、生八つ橋(ただし餡ぬき)を買い求めるに至っては、あまりにベタなお土産を渡されるハメになるわたくしの家人を哀れんでか、N氏は「水茄子」なるものをお土産にと買い与えてくれました。

自分的には十分楽しかったんだけどね。

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