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2010.03.31

オーストラリアのブロードバンド公社……日本は何か学ぶべきなのか

勤め人であるところのわたくしは、こんなことを考えたりもしてます。いずれ職場のウェブに載ったりすると思いますが、先行リリース。

2009年4月、オーストラリアのラッド政権は、全国をカバーするブロードバンド網(NBN)を政府が設立する公社によって整備する計画を発表した。後に、NBN Coと名付けられるこの公社(形態としては政府が全額出資する株式会社)は、オーストラリアの90%の利用者に対して光ファイバーで100Mbps、そし て残り10%の利用者には無線や衛星通信などの代替技術で12Mbpsの速度のブロードバンドサービスを提供することを目標としている。

日本をはじめ、世界では民間の通信事業者が中心となってブロードバンドネットワークの整備の取り組みが進められている。同時に、民間主導で あるがゆえに、投資回収の問題、敷設したネットワークの開放の是非の問題が少なからず残る。そのために、取り組みがなかなか進まないことも現実である。このような現実を横目に、政府が「公社」によって全国にブロードバンド網を張りめぐらせるというのは、非常に画期的なものであるように映ったことだろう。

オーストラリアで1996年から2007年まで続いた自由党と国民党によるハワード政権は、電気通信政策における「ライトタッチ」アプローチの下、ブロードバンド網整備は通信事業者のイニシアティブによってなされるものとして、それほど力を入れてこなかった。一方、2007年12月に11年ぶりに政権を奪還した労働党は、以前より、政府のブロードバンド化への対応を批判し、選挙でも全国ブロードバンド網の整備を公約として掲げてきた。この公約で労働党は、オーストラリアの98%の利用者に対して12Mbpsのサービスを提供する全国ブロードバンド網の整備のために、47億ドルの補助金を投じるとしてきた。

労働党政権が、このようなブロードバンド整備に積極的な公約を掲げた背景には、オーストラリアの電気通信産業の御家事情がある。オーストラリアの電気通信産業は、1996年の電気通信法の改正により、事業規制を極力廃した、競争法ベースの市場主導による規制枠組みを導入した。その中で、電気通信行政の役割は、規制枠組みやユニバーサルサービスの維持といった市場に委ねることのできないものを保護・維持することに限定され、事業者間での問題は、競争法規制の枠組みにしたがって解決することになった。このような「ライトタッチ」と呼ばれる規制の導入によって、消費者がサービスの向上やイノベーションを含む利益を最大限に享受できると期待されたのである。

オーストラリアの電気通信市場では、旧国営事業者の流れを汲むTelstraのほか、旧国際通信事業者の流れを汲むOptusなどの事業者が競合しているが、現在でも加入者ベースで半数以上、収益ベースでは4分の3をTelstraが占めている。固定系のインフラ、特に加入者回線はTelstraがほぼ独占する状況にある。このような環境下にあって、オーストラリアの電気通信の発展は、 Telstraの動きにかかっていると言っても過言ではない。この点で、事業者構成は日本のNTT対競合他社の関係に近いと言えるかもしれない。

ところが、ライトタッチ規制が裏目に出たのが、新しいサービスの導入である。オーストラリアではADSLの導入、光ファイバーの導入のいずれも他に遅れを取った。特に光ファイバー網の構築をめぐる動向は象徴的である。Telstraは2005年11月に、国内主要5都市の400万の顧客に対して 12Mbpsのサービスを提供する光ファイバー網の構想を発表した。その構想を実現する中で、新たに構築されるネットワークに相互接続義務を課すか否かをめぐって、電気通信事業を含む競争規制当局であるオーストラリア消費者・競争委員会(ACCC)との事前調整が行われた。しかし、自社の投資で構築する光ファイバー網を他事業者に開放するのであれば、商業的な水準の相互接続料を得ることが認められるべきであると主張したTelstraと、光アクセス網で独占的な地位を得ることになるTelstraを牽制したいACCCの意見はまとまらず、2006年8月にTelstraは光ファイバー網の計画自体を撤回してしまう。

ラッド政権は、政権公約に掲げた全国ブロードバンド網構築をプロポーザル方式で進めることとし、2008年4月にその手続きを正式に開始した。プロポーザルには、98%の利用者(家庭と事業所)に最低12Mbpsの通信速度を提供するFTTPまたはFTTNネットワークを構築することのほか、全国均一価格を維持すること、他事業者への公平な相互接続を提供すること内容に含まれることが条件となった。プロポーザルの募集の結果、政府は6件の提案を受領した。その中には、数年前に光ファイバー網の構築を撤回したTelstraも当然含まれていた。

しかし、6件のプロポーザルを審査した専門家委員会は、98%の利用者へのサービス提供の実現が確約されていないなどの理由で、早々にTelstraの提案を却下した。また、残りの提案についても専門家委員会は、「いずれの提案も投資効果が期待できない(None of the national proposals offered value for money)」との評価を下した。結局、政府は、選定事業者がいないという異例の事態により、プロポーザル方式によるNBN構築を断念せざるをえなくなったわけである。

冒頭に記した通り、その後、オーストラリア政府は、公社を通じた全国ブロードバンド網の整備を打ち出す。しかし、この計画は、オーストラリアのこれまでの経緯を考慮すれば、苦肉の策にほかならない。政府主導のブロードバンド網整備に方針を変更したことについて、ラッド首相は「ブロードバンドネットワークの構築は市場に任せるべきという批判はあるかもしれないが、この10年市場に任せてきた結果、結局[オーストラリアにブロードバンドネットワークは誕生しなかった」と発言している。市場主導のブロードバンドの発展が十分な成果を収められなかったからこそ、政府が乗り出す必要があるのだということである。

オーストラリアのブロードバンド公社を理解するには、ブロードバンド構築の担い手を少なくとも2度失うという事態に陥ったオーストラリアの固有の背景を考慮する必要があるだろう。もちろん、担い手の不在だけが、「公社」による全国ブロードバンド網(NBN)を目指す理由ではなく、この点については改めて述べる機会を得たいと思うが、少なくともやる気と実績のある事業者がいる日本に、まったくその反対とも言えるオーストラリアでの試みがどの程度当てはまるかは慎重に考えてみる価値があるだろう。

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