「部下は上司を選べばれへん。けど、上司は部下を殴られへん」
……昨日の昼食時、わたくしの隣の席で同僚(部下か?)と職場の人間関係について話をしていた年長の男性が席を立つ間際に言った言葉。
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……昨日の昼食時、わたくしの隣の席で同僚(部下か?)と職場の人間関係について話をしていた年長の男性が席を立つ間際に言った言葉。
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For those who are interested in the course of discussion on network neutrality in Japan, here is unauthorized translation of the draft report (sorry, chapter 5 only) by the Roundtable on Network Neutrality hosted by the Ministry of Internal Affairs and Communications.
You should note that the discussion goes far beyond free-riding of flat-rate, broadband network, and considerable attention is paid to the network neutrality of NGN. The report is an interim report, and the Roundtable will finalise their conclusion by summer in 2008.
Network neutrality will ensure consumers basic rights to choose their network freely with adequate cost and to create and enjoy necessary content. The telecommunications authorities should consider network neutrality as one of the basic perspectives of broadband policy.
It is necessary to ensure two types of fairness to establish network neutrality. One is to ensure fairness for network use and the other is to ensure fairness for cost sharing. To consider these, a clear distinction should be made between next generation network, which means managed IP network constructed by telecommunications carriers and the Internet as we see it.
The issue of network neutrality contains a wide range of problems. As market structure changes drastically, the government may prevent the Internet from sound development if it tries to implement policies to ensure network neutrality too rigidly. To avoid that, it is desirable to formulate a checklist in order to ensure these two types of fairness based on the principle of network neutrality, and to develop policy in accordance with the checklist, focusing on achieving consensus among relevant parties. Followings are the important points for further discussion:
Draft roadmap to ensure network neutrality:
Further concrete policy development should be discussed at the second phase of this roundtable, considering the openness of platform functions and further market integration with the existence of network neutrality. By summer in 2008, the outcomes of the discussion would be sorted out. Japan should examine its comprehensive Internet strategy, including competition policy, industry policy and international strategy, from multiple points of view.
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10月30日から11月2日まで開かれたインターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)に出席するため、ギリシャのアテネに行きました。IGFは昨年チュニスで開かれた世界情報社会サミット(WSIS)で開催が発表されたマルチ・ステークホルダーの対話の場です。会議という位置づけではないので、決議も勧告も提言もありません。それでも世界中から1,300人もの参加者がIGFに集まりました。日本からは経団連の代表団(野村総研の村上理事長が団長)や、市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCAFE)などの方が参加され、頭数で言うと結構な人数でした。
Openness、security、diversity、accessをそれぞれテーマにした4つのメイン・セッションがあり、わたくしはdiversityに関するメイン・セッションのパネルとして発言してきました。多様性と言っても、言語的多様性が中心で、わたくしもソフトウェアの多言語化の必要性について手短に思うところを述べました。
あと、かなりの時間が国際化ドメイン名(iDN)のことに費やされたのですが、こちらについては個人的には利用者がどの程度望むものなのかがさっぱり分からない(必要である「はずだ」と主張する人はたくさんいるけれど、本当に利用者が望んでいるかがよく分からない)ので、「日本ではそもそもURLとかドメイン名を直接叩く機会が減っていて、その代わり、特定のサイトに行くにも検索エンジンを使うことが増えてますよ」ということと、「でも、そうすると検索エンジンのガバナンスを考えていく必要があります」ということを述べました。検索エンジンのガバナンスというのは、これからとても重要になっていくと思うけど、ごく限られた人を除いては関心をもつ人がいなかったようです。
IGF自体の評価については難しいところです。会議としてみれば、具体的な決議や勧告があったわけではない(そういうのが必要だと発言する人はたくさんいた)のが弱みとも言えるでしょうが、継続的にマルチ・ステークホルダーによる対話の場を設ける試みの最初のステップとしては画期的なのかもしれません。すでに第2回のIGFが2007年11月12日からブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催されることが決まっていますし、その後エジプト、インドでそれぞれ2008年、2009年の会合が開かれることになっています。早くも個人的には、この10年間のINETみたいなことになるのではないかという予感がしています。いや、そうならないようにはどうしたらいいかを考えることが必要なんだろうけど。
ところで、会議期間中、JCAFEの方にインタビューを受けました。それをもとにした記事がIGF現地レポートで読めます。こちらもご参照あれ。
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このふた月というもの、職場の環境が大きく変わり、それもあってか体調を崩したり、散々な日々でした。でも、その間もオーストラリアとアメリカに行っていたりしたのです。
オーストラリアに行ったのは先月初め。「定点観測」的にやっているブロードバンド政策と、ブロードバンドサービスの普及の調査でした。この目的で初めて行ったのが2002年8月。この時はもう「ブロードバンド? 誰かそんなの使いたがってるのかなあ」って調子でした。次に行ったのがその2年後の2004年8月。このときは、雰囲気も随分変ってました。当地のDCITA(通信・情報技術・文化省)でミーティングをセットしてもらったら、関係者が総勢15名ぐらいやってきて面食らったのを思い出します。
して、2006年9月。今回の反応はほどほどでした。特筆すべきは民営化が進むTelstraが「開放しろって言うなら、光ファイバー引くのやめんぞ。おい」と言い出したところでしょうか。まあ、それにもちょっとしたニュースの裏がある由。ちなみに、Telstra。「テレストラ」と間違う人が後を絶ちませんが、正しくは「テルストラ」です。
次いで、ちょうど先週末を挟む格好で、アメリカはワシントンに行ってきました。9月29日から10月1日まで開かれた情報通信政策研究会議(TPRC)という会議に参加しに。会議では最近話題になっている「ネットワーク中立性」の議論に注目していたのですが、ある意味、日米の温度差を感じて帰ってきました。印象を述べると、アメリカの議論は一巡してしまったというところでしょうか。
さて、10月3日の昼過ぎに成田に着き、その足で今度は幕張へ。CEATEC開催中の幕張メッセの近所のホテルで開催された「アジア情報技術フォーラム(AFIT)」に参加するためです。翌朝には一般セッション(Policy Session)にモデレータとして出席し、アジア地域の19か国が共同して情報通信分野の協力事業をどう進めるか、という壮大なテーマについての議論をしました。さらにその足で非常勤に行ったり。まさに時差ボケしてる暇もありません。
写真は、何度見ても美しく、何度見ても飽きないシドニーのハーバー・ブリッジ。画質があまりよくないのが悔やまれます。
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ブラジルより昨日はるばる帰って参りました。サンパウロからニューヨークまで9時間、ニューヨークから成田まで13時間。JFKでのトランジットの時間を入れると、サンパウロでのドア・クローズから成田でのドア・オープンまで25時間近くかかったことになります。機内食が都合4回出ます。しかも、機内はほぼ満席。結構需要があるものなのですね(まあ、VARIGが経営破綻で運休中ってこともあるのかな)。
今回のブラジル出張は二つ目的がありました。一つはiSummit '06というイベントに出席すること。もう一つは、この機会にブラジルのインターネットや情報通信の動向について専門家の話を聞いてくるということでした。
iSummit '06は、ひと言で要約すれば、クリエイティブ・コモンズのためのイベントだったのですが、今回のこの会議では、科学技術知識へのオープン・アクセスや、伝統的知識と文化遺産のような関連トピックも積極的に取り扱われていたり、クリエイティブ・コモンズを使った創作活動に関する議論が積極的になされていたり、と、昨年のiSummitと比べると極めて意欲的な内容でした。むしろ、クリエイティブ・コモンズの話があまり出てこなかった気がするぐらい。写真はハイファ大学(イスラエル)のElkin-Koren教授。曰く、クリエイティブ・コモンズが提唱するカスタマイズ可能な'Some Rights Reserved'という発想は、著作者による著作権のコントロールを過度に強調することになりかねず、その場合、本来クリエイティブ・コモンズが目指した自由な著作物の流通と共有という理念を妨げかねない、と。
もう一つの目的であるブラジルのインターネットと情報通信の動向の調査ですが、こちらは高等教育機関向けネットワークの運営組織であるRNP、FGVロースクール、JETROサンパウロ事務所、インターネット運営委員会(CGI.br)、KDDIブラジル、無料ISPのOrolix、サンパウロ大学コンピュータ科学科、サンパウロ大学日本語学科、NTTブラジル、といったところで、通信政策研究や通信ビジネスに身を置いている人を中心に話を聞いてきました。サンパウロ大学日本語学科では、大学時代のツテで期末試験が終わったばかりの学生を(半ば無理矢理)集めてもらって、若者から見たインターネットのことなどを聞かせてもらいました。
標題のNRT-JFK-GRU-CGH-SDU-CGH-GRU-JFK-NRTは今回利用した空港の3レター・コードを利用した順番に並べたもの。マニアックですみません。
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同僚と2人で仕事でブラジル第2の都市、リオ・デ・ジャネイロに来ました。日本時間の23日早朝、現地時間の22日昼に到着したのですが、それは、つまり、日本対ブラジル戦の直前だったのです。
来る前に、大学時代の先輩(日系ブラジル人で今は京都の大学で教えている)に、今度出張でブラジルに行くのだが、と伝えたところ、「ワールド・カップの時期は全国が熱狂に包まれていると思います。他の国ではなかなかできない体験です」という返事が返ってきたのが意味深だったのですが、なるほど、試合中は人々が店先のテレビに群がって飲んだくれていたり、町中で爆竹が鳴っていたりするのを目撃するという、確かに貴重な体験をしました。
しかも、27日火曜日の午後にアポを申し込んだ人からは、その時間帯はブラジルが試合してるはずだからと、前の日にしてくれ、と断られてしまいました。さすが、サッカー大国ブラジルでした! 写真は、試合終了後、水でも買うかと思って立ち寄った飲み屋の店先でブラジル人にからまれる同僚。
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今書いている報告書で、イギリスの'Department for Constitutional Affairs'を「憲法問題省」と訳しかけたところで、ふと思いとどまりました(どういう報告書で、何でこんな言葉が出てくるのかはさておき)。そう言えばイギリスには成文憲法がないわけで、ここでいう'constitutional'を、単純に「憲法に関わる」と訳してはいけないような気がしてきたのです。もちろん、成文憲法をもたないイギリスの憲政史的な細々を踏まえ(たつもりになっ)て、あえて「憲法問題省」と呼ぶ手もありなんだけど。
日本の役所では「憲法事項省」とやっているようです(こことかこことか)。確かに「憲法問題」では、まずいよな。
「憲法省」と訳している人もいるみたいですが、秀逸だったのはウィキペディアの「大法官」に関する説明にあった「国体省」。確かに、'constitutional affairs'とは、その国のありかたに関わる事項なわけで、そういう意味では「国体省」というのは訳としては素晴らしい(気がする)。
でも、この訳を使うとなると、今度は日本の憲政史の文脈から「国体」という言葉がもつニュアンスを無理矢理引きはがさなければならないので、ちょっとしんどいかな。
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とあるメーリングリストに、アメリカの旧ベル系電話会社の一つQwestが最近、ADSLの顧客に対して新しい利用規約を示したという話が流れてきました。その中には、企業ユーザであっても、その帯域を無線LANで分配してはいけないとか、固定IPアドレスを割り当てられていてもサーバをやってはいけないとか書いてある由。まあ、こういう制約事項は以前から問題になっているし、日本でもケーブル系の事業者を中心に設定されていることがあるのであまり驚かないのですが、なんと、この制約事項はドライ・カッパーを使っている利用者に対しても適用されるのだそうです。日本に例えるなら、Yahoo!BBで自宅サーバを運営していたら(この行為自体がYahoo!BBの利用規約に反するかどうかは別として)、NTT東日本(や西日本)に「やめてください」と言われたというような状況に近いかも。
帯域を無線LANで分配されたり、自宅サーバを運営されたりして困るのはネットワーク事業者(つまりYahoo!BB)であって、(物理的な)電話回線の所有者(つまりNTT東西)ではないから、「ちょっと筋が違うんじゃないの?」というのが元ネタの趣旨だと思います。
ついでに、利用者のコンピュータがスパムを送信した場合には一通につき5ドルの賠償責任を負うとまで決められているとか。しかも、利用者のコンピュータがワームやスパイ・ウェアに乗っ取られてしたとしても、その責任を負うのだとか。これってどうなんだろう。
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……という本がNTT出版から刊行されることになりました(さっき見本が届いた)。いつもお世話になっている慶應義塾大学の土屋さん、国際社会経済研究所の原田さんとの共著です。編集のUさんにも大変お世話になりました。
『インターネットにおける言語と文化受容』というのは議論と検討の末に決まったもので、不満などあろうはずもないのですが、書名が立派すぎてわたくし的にはちと重い……
上村圭介/原田泉/土屋大洋
C&C振興財団
(定価)2,940円 (刊行状況)近刊
(発売日)2005.12.22 (サイズ)A5判
(ISBNコード)4-7571-0173-2
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時間が前後しますが、11月16日のWSIS初日、わたくしはoverpassをもらうという発想がすっかりなかったので議場内に入れず、議場外のモニターで中継されていた開会式の様子を見てました。最初にチュニジア大統領のゼイン・エル・アビディン・ベン・アリが演説をし、続いて国連事務総長のコフィ・アナンが演説をしました。その後、スイス連邦大統領、国際電気通信連合(ITU)の内海事務局長と続いたわけです。
そんなことにも気づかなかったのかと言われそうですが、議場外で見ていることの最大のデメリットは同時通訳がないことでした。冒頭いきなりベン・アリ大統領はアラビア語。コフィ・アナンは英語で演説したからいいとして、次のスイスの大統領はフランス語でした。ITUの内海事務局長は日本人英語なので、英語でないようなものかもしれませんが、アラビア語とフランス語でないだけ遥かにマシ。
ところで、アナンが「インターネットの管理は技術的な観点から行なわれるべきだ」とか、「国連は加盟国が合意したことしかできない」とか言っていたのですが、彼の発言が、PrepCom-3のどのような議論を反映したものなんだろうか、とか、どの国やどの勢力を牽制するものなんだろう(中国か?)と思わせるような意味深なものだったのに対して、内海事務局長の演説は何だか「ICTは素晴らしい」みたいなことばかりで、ちょっと淋しくなりました。
でもって、場内中継はなぜか途中で切れちゃったしね(その後、素晴らしい演説に発展してたらすみません)。政治的にはまったく問題ない発言だったと思うのですが。
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チュニジアには旅行に行ったわけではなくて、WSISとその関連イベントのために行ったわけなので、もうひとつぐらいセッション参加の記録なども。
国連開発計画(UNDP)のアジア太平洋開発情報計画(APDIP)という組織が今回のチュニスでのサミットではいくつかのパネルやセッションを主催しました(考えてみれば、わたくしが発表したセッションもAPDIPがらみだったな)。その中に、Software for Development: Is Free/Open Source Software the Answer?というのがありました。最近、オープンソースソフトウェアやフリーソフトウェア(スノビッシュにはOSS/FSとかFLOSSとかFOSSとか略す由)がもてはやされすぎ気味なのがわたくし的には気がかりだったので、UNDPや開発経済の専門家の人たちがこの分野をどのように見ているかをのぞいてみようと、このパネル・セッションを傍聴したという次第。
そういう軽い動機で参加したこともあって、タイトルと主催者以外の情報を調べておらず、誰がパネリストなのかすら知らなかったのですが、実はこのセッション、Richard Stallmanが基調講演をすることになっていたのです。それもあってか、セッションは開けてみると大入り満員で、わたくしは席を取ることができず立ち見でした。ところが、立ち見できればいいほうで、わたくしの後ろのほうに立っていた人など、「後ろの出入り口付近の方は、前の出入り口の外から会場をご覧ください。こちらのほうがパネリストの表情がよく分かります」と言われ、追い出されてました。
Richard Stallmanの話は教条主義的で、言ってる内容もいつも同じだし、わざわざ聞く価値ないんだなあ、などと隣にいたフィリピン人の知り合いに話したら、近くにいた全然知らない人に「そうなんだよ!」と受けてた様子。Stallmanの評価が国際的に共通だったことが予期せぬ形で確認できました。しかも、当のStallmanはセッションが始まる前、「俺はこの会場の全員と話をするために来たんだ。個別に話しかけてくるな!」とか、「俺のアルミホイルを持ってこうとしてるやつは誰だ!」などと、ワケ分かんないことを口走ってるし。正直、「やだねー、筋金入りのギークは」と思ったものです。
ところが、さすがStallman、ただの変わり者ではなかったのです。実は会期中、会場に入るためには専用のIDカード(日立のμチップ内蔵)が必要だったのですが、彼はこれを銀紙でくるんでいたのです。曰く、「IDチップは俺たちの行動を追跡して、自由を奪うものなんだよ。だから俺はそれに抗議するために、IDカードをこうやってアルミホイルで巻いているんだ。俺と同じように自由が必要な人は言ってほしい。このアルミホイルを分けるから」と。
さて、つかみはよかったわけですが、話し始めるとしかしやはりStallman。案の定というか、彼は、ソフトウェアにおいて自由(freedom)がなぜ重要なのか、いつものように第一の自由から第四の自由に分けて説き始めました。第一の自由とは、ソフトウェアを動かす自由。第二の自由とは、ソースコードを見て、そのソフトウェアの動きを調べる自由。第三の自由とは、ソースコードを修正して、そのソフトウェアの動きを改変する自由。そして、第四の自由とは、そのソースコードを公表して、コミュニティの発展に貢献する自由というわけです。この辺は、いつものStallman節。聞いていた人の半分は飽きていたに違いありません。
ところで、このセッションのテーマは、"Is Free/Open Source Software the Answer?"だったわけですが、が、Stallmanは基調講演の締めくくりで、"Free and open source software is the only answer."だと言い切りました。商用ソフトウェア(ここでの商用はproprietaryの意味ね)を利用するためには、ライセンスなどの費用が必要ですが、これは開発途上国にとっては決して小さくありません。しかし、それ以上に重要なのは、開発途上国が商用ソフトウェアを使うということは、ソフトウェア・ベンダーへの過剰な依存を招くということだといいます。商用ソフトウェアを使うということは、ソフトウェアの改良やその他の修正をソフトウェア・ベンダーにすべて委ねるということであり、ソフトウェア・ベンダーの許可がなければ何もできないという依存状態を生み出すからです。
もちろん、これは、開発途上国に限られた問題ではありません。しかし、日本のように一定規模以上の経済力をもつ国であれば、市場規模を背景にソフトウェア・ベンダーとの関係はバランスの取れたものになることが期待できます。ところが、開発途上国は、商用ソフトウェアの動向を左右できるほど大きな市場の力をもちません。その結果、開発途上国はソフトウェア・ベンダーへの単純な依存を招き(しかも、ライセンス費用をむしり取られ)、バランスを取ることができないままその依存状態の中にロック・インされてしまうというわけです。Stallmanは、だからこそ、フリー・ソフトウェアやオープン・ソースソフトウェアは途上国の発展にとって不可欠なものなのだと締めくくりました。
実際、このようなロック・インから脱却するためにオープン・ソースを活用した事例もあります。例えば、タイでは、廉価な型落ち部品によるオリジナルブランドのPCを国内メーカーが組み立て、それにタイ語拡張を施したLinuxとOpenOfficeをバンドルして、「Low Cost PC」という製品を作り、250ドルという価格で売り出しました。これは、直接的にはこのような低価格のPCを供給して国内の情報リテラシーを向上させることを目的としたものでした。しかし、それは間接的な効果ももったと言われています。その後、マイクロソフトがそれに追随する形で、WindowsとOfficeの実質上の値下げに踏み切ったからです(この辺は、年内に出るはずの本に書きましたので、そちらをご覧あれ)。大きな市場規模を持たない国にとっては、このような力で商用ソフトウェア・ベンダーとのパワー・バランスを取ることも必要なのかもしれません。
しかし、さすがはStallman。いつもと同じ話のはずなのに、文脈が違うだけでこんなに素晴らしい話に聞こえてしまうのか、と脱帽しました。
ところで、セッションには、キーノート・スピーカーがもう一人と、コメント役のパネリストが4人いました。もう一人のキーノート・スピーカーがソフトウェアの特許と、製薬・バイオ産業向けの特許とが同じ仕組みであるのはよくないので分割すべきだという主張をしていたということと、CompTIAの広報担当副会長が異様な早口で統計データをまくしたて、「高い生産性を有する国はハードウェアだけでなくソフトウェア投資も積極的に行なっている(→だから、商用ソフトウェアにお金を使うということが重要なんだということか?)」と述べて会場内の顰蹙と失笑をかっていたということだけ付け加えておきましょう。あ、ちなみにモデレータはThe Economistの記者であるKen Cukierでした。
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直前のエントリーで紹介したDigital Reviewの出版記念パネルの発表には、実は裏バージョンがありました。裏バージョンというか、没原稿が。そのまま眠らせるのもなんなので、これもやっぱりここに貼り付けときます。英語が変なところもあるけど、そのままで。
What do we need to make information societies more inclusive? It is language that still makes a key to broaden the reach of information societies.
Let me begin with some historical analysis.
Language has been an important issue since the very beginning of the Internet, or information communications technology (ICT) in general. English has long been favoured in the uses and applications of ICT over other languages. If you look at the statistics on Internet users in the early 1990s, English speakers comprised of the majority of them. This is because the US and other English-speaking countries played major roles in science and technology, market was out there for them, and English has been the language of wider communications for decades.
Around the year 2000, things began to change. More languages have come to gain presence on the Internet. According to a recent estimate, English speakers are declining in ratio and they account for only a quarter of the Internet population today. A group of researchers recently reported that the languages of approximately 84 percent of the world population could be covered be computer operating system. Now, language does not seem to be a barrier any more in using the Internet and other forms of ICT.
Is this true?
My answer is 'no', or 'not yet'. I would like to add one more perspective to show it is still a long way to go.
For one thing, even though English may only account for a quarter of the Internet population and other languages gained more presence, there remains the yet-uncounted majority. For another, a rough calculation shows that 84 percent goes down to some 56 percent if you recount languages based on the criterion whether the user can interact with computer in their own language.
Another issue is the fairness and equity among languages supported by ICT. Today, nearly 50 languages are supported by major commercial computer operating systems. How were these languages selected. Are they selected because they are big languages? Then, why had Hindi and Benali not been supported until recently? You may want to argue their economy is not big enough. However, according to a survey on economic strength of language, Hindi is one of the ten biggest languages, and Bengali is the thirteenth language by the same standard. They are not small at all. Who governs this?
Now, what we need is a change in focus. Language in ICT has tended to be an issue of engineering, but now it is becoming an issue of policy, particularly, language policy. Software development and localisation has tended to be an issue of technology and business, but it turns out it is an outcome of interaction between technology, economics, public policy, and social agreement on what we think we need.
Language is still an issue to build more inclusive information societies in the asia pacific. It is not technology any more, but it is policy and social agreement that we need to make information societies more inclusive.
Thank you very much.
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……という、アジア太平洋の国と地域の情報化の状況について記した要覧があるのですが(詳細はこの辺を参照)、その出版発表会が、16日に始まった世界情報社会サミット(WSIS)のパラレル・イベントとして開催されました。この要覧は、アジア太平洋の29の国と地域における情報化の状況を、産業、政策、技術、利用といった観点から記したものになってまして、日本の章は、同僚2名と一緒にわたくしが書きました。出版発表会では、国別の章の担当者のうち、WSISに居合わせた香港、インドネシア、日本、カンボジア、スリランカ、ネパールの担当者と、テーマ別の章の担当者のうちインターネット・ガバナンスの章を書いた担当者が短いプレゼンを行ない、わたくしも日本の章の担当者ということで発表しました。写真は、そのときの様子です(撮影: M君)。
発表の内容も散逸しないうちに貼り付けておきます。
What do we need to make information societies more inclusive? By inclusive, I mean to include diversity of society. Let me share my thoughts and reflections on this topic from a Japanese perspective.
Nearly a year ago, the Ministry of Internal Affairs and Communications of the Government of Japan published a new policy document on u-Japan, meaning ubiquitous Japan. 'Ubiquitous' here obviously stands for ubiquitous network. Now that Japan, among other countries, has almost completed a nation wide broadband infrastructure, the document tries to take care of various issues beyond network infrastructure and access. Our focus moved from infrastructure and access to content and to users now.
One of such issues I would like to raise here is user-oriented-ness. This is also the point that was made in the Civil Society Panel in the Tokyo Ubiquitous Network Conference that was held in Tokyo earlier this year.
Network may be built ubiquitous. But the information which it carries may not. At least it is not ubiquitously the same across users. Every user has their own needs, preferences and constraints. Therefore, we need to provide appropriate audience with appropriate information by an appropriate means.
Japan tends to be viewed as a homogeneous country. But that is not true. In Japan, the communities of non-Japanese residents are growing. Koreans are known to be one of the biggest minority groups in Japan, but recently, immigrants of other ethnic origin are also growing. Descendants of Japanese from Latin America are also coming back to Japan to stay and work. Even without them, we are, of course diverse in terms of gender, age, economic affordability and disability.
Inclusive information societies need to address this diversity in full. And we need to make sure our effort does not come short and superficial.
I would like to share the lesson learned from the Kobe Earthquake in 1995, which shows that inclusiveness suddenly falls apart once a major incident or disaster occurs. In the aftermath many non-Japanese residents were left out from information, because there were no suitable channel to deliver information for them. One of the reasons was language. And many of you may remember the natural disasters around the world for the last twelve months.
What I have described may be an extreme example, but the point is that inclusiveness is a very fragile notion, which you may not notice until something happens.
Inclusive information societies should be based on the inclusion and accommodation of diversity. You have to be aware of the unfilled gaps and unmet needs which diversity may raise. We need to have our societies inclusive before attempting to make information societies inclusive.
ところで、チュニスのホテル。その後色々あって、今、この瞬間はチュニス市内でも多分もっとも高級なホテルであるSheraton Tunisに滞在しています。1泊320ユーロ也。昨日は一日20ディナール(約1,600円)という安宿に泊まってました。シェラトンの28分の1の値段です。あまりの変貌ぶりに体がついていけなさそう。
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