例によって実際の誤用に基づいた作例です。「電化はソビエト化の過程で実現が期待された分野の一つだった」(古い!)という日本語があったとしましょう。これを、
*Electrification was one of the areas that the realization was expected in sovietization.
と訳したとします。ところで、'areas that the realization was expected'というのは、'areas that were expected to be realized'の間違いじゃないでしょうか。好意的に解釈して、thatをwhereかin whichと取り違えたと考えてあげても、realizationはelecrificationの中で生じる出来事じゃないのでキビしい気がします(これが、realizationじゃなくて、developmentとかevolutionだったらいいかも)。あ、せめて、'areas whose realization was expected'ならいいのかな。
でも、こういう間違いが結構多いところを見ると、根本的に日本語の関係節構造と英語の関係節構造の違いに気づいていない人が多いのでしょう。次の例文を考えてみます。
「ソフトバンクがADSL事業に3,000億円を出資した」(最初8,000億円って書いてましたが、3,000億円ぐらいでした)
このとき、
出資したソフトバンク
出資したADSL事業
出資した3,000億円
という表現はどれも成り立ちます。ところで、もとの文にはガ格、ニ格、ヲ格がそれぞれ出現していますが、関係節構造では修飾される名詞の格が標示されません(日本語としてはまったくもって文法的です)。したがって、少なくともシンタクス的には「ソフトバンク」、「ADSL事業」、「3,000億円」が元の文に戻したときに、どのような格標示をもっていたかが分からないのです(もちろん、「出資する」という動詞の意味と、それが取ることのできる格を知っていれば分かる)。それなのに、もとの文脈を十分理解しないで、適当に機械的に訳してしまっているケースが少なくありませんでした。信じられん。
上記の例は、シンタクス的にはどれも似たような構造をもっているわけですが、意味構造は違うし、英語にするときは、意味を反映して適当な(テキトーなではなく)構造に落とし込まないといけません。ところで、「推薦する」というような動詞の場合には、もっと厄介です。
「推薦する田中くん」
といったとき、「田中くん」はほかの誰かを推薦したということでしょうか、それとも、ほかの誰かに推薦されたということでしょうか。どちらもありえます。
「佐藤くんを推薦する田中くんは、ぼくの古い友人だ」と言えば、「田中くん」はほかの誰か(佐藤くん)を推薦したということですし、「ぼくが推薦する田中くんは、英語はなってないが留学の意欲には溢れている」と言えば、田中くんはほかの誰か(ぼく)に推薦されたということになります。実は、日本語は関係節を単純に使うと意味が不明瞭になるので、それ以外の方法によって格関係が決定できるように表現することも少なくありません。
なんでまた、こういうことをくどくど書いているかというと、今、泣きそうになりながら直している英文(翻訳を生業にしている翻訳者が訳した英文)、こんなレベルの間違いだらけなのですよ。
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